『渡部龍朗の宮沢賢治朗読集』のカバーアート

渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

渡部龍朗の宮沢賢治朗読集

著者: 渡部製作所
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このコンテンツについて

Audibleで数々の文学作品を朗読してきたナレーター 渡部龍朗(わたなべたつお) が、宮沢賢治作品の朗読全集の完成を目指し、一編ずつ心を込めてお届けするポッドキャスト。 幻想的で美しい宮沢賢治の言葉を、耳で楽しむひとときを。 物語の息遣いを感じながら、声に乗せて広がる世界をお楽しみください。渡部製作所 アート 文学史・文学批評
エピソード
  • 水仙月の四日
    2025/05/25

    🎧 宮沢賢治『水仙月の四日』——冬の荒野に舞う雪の精たちと、人間の子どもが織りなす神秘的な物語

    深い雪に覆われた冬の荒野。人の目には見えない雪狼たちが走り回り、林檎のように輝く頬を持つ雪童子が丘を駆け上がっていきます。その遠くでは、赤い毛布にくるまった一人の子どもが、「カリメラ」という砂糖菓子を作る夢を思い描きながら、必死に家路を急いでいました。

    空は晴れ渡り、太陽は冷たく輝いています。しかし突然、西北から風が吹き始め、灰色の雲が立ち込めてきます。それは、ぼやぼやした灰色の髪と猫のような耳を持つ雪婆んごが戻ってきた証——「水仙月の四日」という特別な日に、彼女は容赦なく吹雪を命じるのです。

    革むちを鳴らす雪童子たち、赤い舌を出して駆け回る雪狼たち。荒れ狂う吹雪の中、あの赤い毛布の子どもは足を雪から抜けなくなり、よろよろと倒れて泣いています。子どもの姿を見た雪童子は立ち止まり、考え込み、そして突然走り出しました…

    この作品は宮沢賢治の『注文の多い料理店』(1924年)に収録された幻想的な冬の童話です。表面上は雪の精霊たちの不思議な世界と人間の子どもの遭遇を描いた物語ですが、その奥には、人間と自然の微妙な関係性、そして自然の持つ美しさと恐ろしさの両面が描かれています。

    賢治の世界観の中では、自然は単なる背景ではなく、意志を持つ存在として描かれます。雪婆んごの無慈悲さと雪童子の微かな同情心の対比は、自然の二面性を象徴しているようです。「水仙月の四日」という神秘的な時間軸は、人間の理解を超えた自然界の法則があることを示唆しています。

    この物語からは、吹雪の中で足を取られた子どもの姿を通して、自然の圧倒的な力の前に立つ人間の儚さが感じられます。同時に、雪童子が子どもに示す微かな優しさからは、人間と自然の間に可能な調和の希望も垣間見えるのです。

    雪に埋もれながらも「カリメラの夢を見ておいで」と囁かれる子ども。 危険と保護が入り混じる雪の包み込み。 見えるものと見えないものの境界線が溶け合う、神秘的な冬の風景——

    それは、宮沢賢治が生涯をかけて描き続けた「イーハトーブ」の世界の一片です。目に見える現実と、目には見えない精神世界や自然の意志が交差する場所。そこでは、人間は自然の一部として生かされ、時に試され、そして守られているのです。

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    24 分
  • 注文の多い料理店
    2025/05/18

    🎧 宮沢賢治『注文の多い料理店』——文明の虚飾と自然のまなざしが交差する、静かな山中の寓話

    深い山奥。木の葉がかさかさと音を立て、白熊のような犬が命を落とすほどの不気味さが満ちる森の中を、都会からやってきた二人の若い紳士がさまよっていました。狩猟に訪れた彼らは、立派な身なりと高価な猟銃を手に、都会的な自信と階級的な優越感をまとっています。

    しかし、思いもよらぬ事態に見舞われる中で、彼らの目の前に突如として現れたのは、一軒の瀟洒な西洋館——「山猫軒」と名乗る西洋料理店でした。

    「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」
    入口に掲げられたやさしい言葉に誘われ、空腹を抱えた二人は、疑いもせずその扉を開きます。けれども、内部には「当軒は注文の多い料理店です」という、不可解なメッセージが。さらに進むごとに、彼らに突きつけられる「注文」は次第に異様さを増していきます——
    「髪を整えてください」「鉄砲を置いてください」「外套を脱いでください」……
    次第に“食べられる側”へと誘導されていくその構造に、彼ら自身はなかなか気づくことができません。

    この物語は、宮沢賢治が生前に出版した唯一の童話集『注文の多い料理店』(1924年)の表題作です。表面上は奇妙でどこかユーモラスな童話として進みますが、その奥には、文明の奢りや都会的階級意識に対する、深い懐疑と批評精神が流れています。

    宮沢賢治自身もこの作品を、「都会文明と放恣な階級とに対する、やむにやまれぬ反感」の現れと述べています。豊かさを当然のものとし、自然や地方を軽んじる者たちが、自然そのものに試され、翻弄される——そんな静かな逆転劇が、穏やかな語り口のなかにひそやかに潜んでいます。

    そしてもう一つ、この物語が持つ魅力は、どこか“透明な皮膚”のように、読者自身の価値観を映し出すところにあります。読者はいつしか、二人の紳士に自分を重ねながら、「自分はこの物語のどの側にいるのか?」と問われることになるのです。

    “食べる側”から“食べられる側”へ。
    支配する者から、自然に迎えられる者へ。
    文明社会の中で無自覚に抱いている価値観が、ふとぐらつくような感覚——
    それこそが、この物語の静かな余韻なのかもしれません。

    自然の中で、人間とは何かを見つめ直すこと。
    それは、宮沢賢治の全作品に共通する、大きなテーマでもあります。


    #猫 #傲慢

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    23 分
  • 烏の北斗七星
    2025/05/11

    🎙️ 宮沢賢治「烏の北斗七星」朗読 – 冬の曇天にひらめく銀の星。黒い羽根の艦隊が描く、詩と幻想の空中叙事詩。

    冬、空はつめたい雲に覆われ、雪におおわれた田野には、昼と夜の境が曖昧になるような、青白い光が差し込んでいます。そんな中、地面すれすれに垂れ込めた雲に行く手を阻まれた烏たちが、雪原に翼を休めていました。

    彼らは、ただの烏ではありません。宮沢賢治がその独自の比喩と空想で描き出す、"義勇艦隊"の烏たちです。まっ黒くなめらかな羽根を持ち、整列し、指令を受けて一斉に飛び立つその姿は、軍艦のように厳かで、そしてどこか滑稽で、幻想的でもあります。物語は、そんな烏たちが演習を始める一日を描くことで始まります。

    艦隊を指揮するのは、年老いた烏の大監督。声は錆びつき、灰色の目をした彼は、かつて空の号令で声を失った老練の指揮官です。その姿は「悪い人形」のようとも形容されますが、烏たちにとってはその声こそが最も尊く、頼りとすべき存在です。その号令のもと、若く俊敏な烏の大尉を筆頭に、大小さまざまな艦が順に飛び立ちます。整然と空を舞うその様は、まるで本物の空中戦隊のようで、賢治の筆致は擬人化と軍事的メタファーを縦横に駆使して、架空の鳥たちの世界を細部まで生き生きと描き出しています。

    そして物語の終盤には、空想の光景がふと静かに現実に近づいてきます。演習が終わったあと、烏の大尉は仲間の営舎には戻らず、西の空にかすかにひらめく「マシリイ」と呼ばれる銀の星を背に、さいかちの枝へと舞い降ります。そこには、かねてより婚約を交わしていた、声のよい砲艦の烏――彼の許嫁が、じっと佇んでいます。

    「おれは明日、山烏を追いに行かなければならない」
    そう告げる大尉に、許嫁は戸惑い、驚き、悲しみに言葉を失います。別れの予感が満ちる空気のなかで、大尉は「何かあったときは、自分との約束を忘れて嫁に行け」と静かに言い添えます。許嫁は涙と共に叫びます。「あんまりひどいわ、かあお、かあお、かあお……」

    ここには、単なる動物の擬人化ではない、賢治の深い比喩と思索が込められています。戦争や別離、運命といった人間の根源的な主題を、詩的な想像力で描き出すこの作品は、読み手の心に静かな衝撃と余韻を残します。

    「烏の北斗七星」は、賢治の数ある短編のなかでも、特に象徴性が高く、寓意に富んだ作品のひとつです。幻想的でありながら、現実世界の不条理や悲哀をそっと映し出すような語り口は、賢治文学の本質をよくあらわしています。

    空に浮かぶ星のように、一瞬の光がすっと心に残るこの物語を、耳でじっくり味わってみてください。
    黒い影が舞う雪原の上に、あなたの想像もまた、そっと羽ばたくかもしれません。

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    22 分

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